ブラジル連邦共和国

面積 約855万平方Km(日本は約38万平方Km)
人口 約1億6000万人(日本は約1億3000万人)
人口密度 18人(日本は331人)
地理・気候・風土
-ブラジル連邦共和国と東京の降水量と平均気温-

 南米大陸北東部にあり,ロシア,カナダ,アメリカ,中国についで第5位の面積(南米大陸の47.3%)をもつ大国である。国土面積の約63%をしめるブラジル高原が,北部のアマゾン盆地以南,中央部から南東部にかけて横たわり,この地域に国民の大部分が居住している。
 気候は,アマゾン地域は熱帯雨林気候,中部高原と海岸平野は亜熱帯気候,南部は温帯気候でもっともゆたかな農業地帯となっている。
国のなりたち
 この地には1500年にポルトガル人航海者が入り,ポルトガル領となった。当時,赤色染料の材料となるブラジルという名の木が多く産出されたことにより,しだいにこの地をブラジルとよぶようになったといわれる。
 ポルトガルは1530年,砂糖産業と牧畜を中心に植民を開始し,先住民インディオとアフリカ人を労働力に,18世紀中ごろまでにほぼ現在の版図をしめるまで開発を進めた。
 1808年ナポレオンの本国侵入により,ポルトガル王室がブラジルに逃亡したが,以後ポルトガルはそれまでの富の独占という対ブラジル政策を180度転換し,15年には植民地から王国に昇格させた。21年国王が帰国,摂政としてのこった皇太子ペドロは翌年独立を宣言し,ブラジル帝国皇帝に即位した。その後ヨーロッパから大量に移民導入をおこない,コーヒー栽培等の振興がはかられたが,奴隷制廃止で帝政の基盤であった地主階級が離反し,89年軍部が無血クーデターを起こし,帝政は崩壊,ブラジル共和国が誕生した。
 1964年にブランコ陸軍大将が大統領になり,以来軍事政権がつづいたが,85年1月広範な国民の支持によりネベスが大統領となり,21年間にわたった軍事政権に終止符をうった。89年11月には29年ぶりに大統領の直接選挙に復帰した。
政治・経済
 26州とブラジリア連邦直轄区からなる連邦共和国で,国家組織は行政(大統領),立法(連邦議会),司法(最高裁判所)の3権分立制で,総じてアメリカ型である。
 外交面では欧米諸国との協調,中南米諸国との善隣友好を基調としており,とくに域内2大国の一方のアルゼンチンとの協調が注目されている。
 主要産業は農業(コーヒー,砂糖等),工業(自動車,繊維等)である。経済面では4ケタのインフレ,2ケタ失業率,それに総額約1,000億ドルをこえる累積債務をかかえるといった困難な問題に直面しているが,政府の経済安定化計画により超インフレだけは沈静化したものの財政の回復は順調ではなく,国家主導から民間主導への転換,外資参入の具体的実施が進められている。しかしブラジルは資源の宝庫といわれ,豊富な天然資源や多くの未開発地を有しており,無限の可能性をひめている。
社会と文化
 ブラジル社会は人種のるつぼといわれ,さまざまな人種,そしてそれらの混血がおたがいに同化し合いながらくらしている。国民は一般に歌とおどりが大好きで,陽気で社交性に富み,国技のサッカーも人々の生活の一部となっている。
日本との関係
 1908年に日本人移住がはじまり,現在日系人は約130万人に達し,政界をはじめ各方面に進出している。近年この日系人の若者が多数出かせぎに来日している。要人の往来も頻繁で,日本にとってこの国は,貿易,投資とも中南米最大の相手国である。